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2010年01月25日(月) 

今回のお話は、一宮町森添にある縁起式内社「御形神社」の由来、播磨国風土記に記された葦原志許男神(あしはらのしこおのかみ)と天日槍神(あめのひぼこのかみ)との国占めのお話

 

また、この神社の絵馬殿には百人一首の絵馬が奉納されており、百人の和歌と作者の姿絵全部が揃っている「百人一首」の絵馬は全国でも極めて珍しく貴重なものと言われています。

           「E-宍粟」支援隊“そーたん’s”


閲覧数2,799 カテゴリクチコミ情報 コメント5 投稿日時2010/01/25 22:57
公開範囲外部公開
コメント(5)
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  • 2010/01/26 09:30
    立派な古式ゆかしい神社ですね。
    私も 結婚式の撮影で行ったり、桜の季節に毎年参拝しています。
    次項有
  • 2010/01/26 16:29
    神社のすぐ近く、西公文のいとこが25年前に
    ここで結婚式を挙げました

    それ以来 行ってませんが、25年前とでは感じ方も大きく変わってきてますので近く、訪れたいと思います
    次項有
  • 2010/02/17 18:25
    ホンモンさん、ありがとうございました。社殿の千木も男の神様にふさわしい古式正しいものです。江戸時代の大坂の学者・山片蟠桃も、ここ知ってたら神社の千木がめちゃめちゃに乱れてるとは書かなかったと思います。

    三本杉ということは、ひょっとすると熊野水運の拠点になってたのかもしれません。三本杉は熊野社と、それを奉じる熊野水運の象徴なのですが・・一応、中世の事ですから、伝説とは時代が会いませんね。椿も熊野巫女が持ち歩いたものです・・・とにかく重要な交通路だったように思います。
    次項有
  • 2010/04/06 16:59
    あそさん
    私の姉が22年前に一宮町河原田に嫁いだとき、ここで式を挙げました。格式のある立派な神社だったことをおぼろですが覚えています。
    宍粟NO,1のパワースポットだと私は思っています。
    次項有
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