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★★ただいま、急ピッチで道路の復旧工事をしております ダンプがピストンで道路の基礎になる土砂を運んでいます お見舞い等に福知に入りたい人も多いと思いますが 被災地区の住民でさえ通行を制限している状況です ダンプがブレーキを踏むたびに作業が遅れますので 何卒ご理解ください★★ ゴミの回収には神戸市、三田市、西脇市、、、 色んな所のゴミ回収車が来てくれていました ありがとうございます 私たちは床下や溝のドロ出し作業におわれました ボランティアの方々がたくさん来て下さっています このお盆のさなか、弁当も飲み物も持参で 本当にありがたいことです ユンボや洗浄機(家のドロ出しに有効)ごと持って来て 下さった業者のボランティアの方もありました 人数が多いと作業もとても早く進みます ボランティアの受け入れる側も 支持を出す人間を貼り付けたり どこで人が必要か把握したり 今日のように暑い日は熱中症にならないように 作業場へ飲み物を配ってまわったり もちろんですが初めての事なので中々大変なようです 自治会、社協、行政の連携が必要です 行政担当者が常駐して下さっているので大変ありがたいです 今回のような規模の災害時のマニュアル作成や 自治防災組織の再考が必要と感じました 昨日、福知渓谷の手前まで行ってきました 写真はやっちゃんさんのを参考に・・・ 福知の山は石の山が多いようで おそらく雨で土砂やガレキ、岩が崩れて川をせき止め自然のダムを形成 →決壊して一気に土石流となって橋や道路を流したと考えられます (一時川の水量が減ったという情報も聞いていますので おそらくそうだと思います) そうでないと水だけではどう考えてもありえない被害です 道路や川の基礎がえぐれて昔の石垣が露出した所が多々ありました 道路は壊滅的な被害で、製材所と牛舎の流出はありましたが 人的被害と民家の流出はなかったので 先人の知恵が村を救ったようにも思いました ガードレールが紙を折ったようにペチャンコに折り曲がっていましたが そんな激流の中でも広葉樹の大木は残っていました 車の通行を優先して川幅を狭くしたり 川を直線に直したりしている事なども 被害を大きくした要因かもしれません また、日曜日の未明からケイタイも電話も不通になりましたが 逆に不通になったお陰で連絡ができず住民が家から出ずにいたので 人的被害が出なかったのかもしれません 奥福知などは家の前の道路も土石流が凄い勢いで流れていたようでした こんな所をもし歩いたり、車で避難していたら、、、ゾッとします 避難勧告があっても家の方が安全なのか、避難した方がいいのか 最終状況判断は大変難しい問題です 消防としても色々反省点が見えてきました 落ち着いたら一度反省会をしたいと思います 明日からは仕事に復帰します! |
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私は郷里を離れ遠くにいますので、このブログをみて、具体的に被害の様子や復興の様子を知ることが出来ます。心よりお見舞い申し上げます。
親戚や友人、知人からの電話で話には聞いていますが、やはり写真を見ると胸が一杯になります。災害はいつでも何処でも起こりうることなので、お互いに知恵を出し合い励ましあい、助け合って一日も早い復旧に向け頑張ることが大切と思います。何も出来ませんが心で応援しています。マイナスを力に変えて是非頑張って欲しいです。 |
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友人の手伝いに行ったのですが、あまりの被害に道中涙が出そうになりました。どなたも人的被害がなかったのが幸いだったのですが、あの状況ではそれが奇跡的とさえ思えました。何とか早い復旧をお願いいたします。
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> けえちゃんさん
奥福知の人は北中学校の寮に移動され それ以外の人は自宅に戻られています 避難所には6日間おられたようですね 限界が来る前に戻ることができて本当に良かったです ヘリや給水車やゴミ回収車の対応の速さは 阪神大震災の教訓が活きていると感じました 以前『ことログ』での訓練でけえちゃんさんが言われた『どこにチェンソーがあるとか皆が分かるようにしておかなければならない』という教訓が頭をよぎりました チェンソーを置いていた倉庫は一番に水に浸かる場所だったので、そうゆう所も考えねばならないと思います この度の経験を今後に必ず役立てたいと思います |

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今日で丁度1週間ですね、メドはなかなか立たないでしょうが、1歩づつ元の暮らしに戻って行くことでしょう。(阪神淡路大地震で体験しました)
ウチは年老いた叔母がお寺にお世話になっておりますが、夕方早くから被災者の方が飲酒をするので、ストレスが溜まっているようです。 ナルの従兄弟もウチも、叔母に来るように何度も声を掛けるのですが、聞き入れて貰えません。 神戸辺りの消防団は、商店街や港湾地域を元に組織されて、住宅街では目立った動きは見えず、殆ど神戸市消防局に頼っています。 福知の消防団の皆さんは、自ら被災者でありながら、地域のために頑張っておられます。本当にご苦労様でした。 従兄弟や幼馴染も若い頃、消防団でお世話になっていました。今は結構オヤジですが、災害発生時には人員整理など自主的にしていたそうです。 河川を中心に発展した町では、川筋に出ずに避難できる場所や避難経路の構築が必要なのかも知れません。 これを機に、地域や行政には今後の防災対策を検討して頂きたいと思いました。 |
