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2009年06月22日(月) 

 先日、納戸の整理をしていて古い地図を見つけました

「全日本細見指掌全図」という木版の彩色刷り。文化5年(1808)版、で地図そのものは文化3年作図とのこと。何枚も張り合わせて2畳半ほどもある大地図。作者は小唐山人(鳥飼洞斎)とのこと。

 たぶん私の祖父か曽祖父が、昭和8年に裏張りと表紙改装をしているため、中身の古さのわりにしっかりしています。

 文化5年というと、伊能忠敬の第6次測量時期で、当然、忠敬測量による「大日本沿海興地全図」(1821)はまだ存在しない。

 この時期にこんなに詳細な日本地図があったのですねえ。北は北海道の南部から南は沖永良部島まで描かれています。

 ネットで調べると、この地図が注目されている点はもう一つ、隠岐島の北に、領有権で問題になっている「竹島」(「磯竹島」という一名もある、との記載もあり)が描かれている点。

 日本全図だから、宍粟の辺りはそれほど詳細には描かれていません。でも、「播磨の国」の中に、「姫路城下」「立野(竜野)城下」、そして陣屋として「林田」「安志」「宍粟」「三日月」などが、また北の国境に西から「東河内」「戸倉」「富土の」「千町」「川上」、「三日月」の横に「土万」の地名が見えます。


閲覧数1,692 カテゴリ日記 コメント11 投稿日時2009/06/22 14:06
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