宍粟の地名(由来)のトピック一覧
宍粟の地名(由来)に登録されているトピック一覧です。
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2012年09月21日 09:22
最新投稿:12年09月23日 12:19

 

「しそうの地名」アクセス3万件によせて

 

 

  平成21年(2009)10月より地名の由来のコミュニティを立ち上げ、約1年ほどかけて紹介しました。その間地名を通じて深くて広い歴史を垣間見ることができました。

   そのコミュニティへの全体アクセス(延)数が3万件に達しました。多くの方に見ていただいていることは、郷土の歴史に対する関…

宍粟市の難読地名番付作成! (8)
【閲覧数】7,537
2012年06月14日 22:06
最新投稿:12年07月16日 21:42
宍粟市難読地名の番付表を作成しました!

 平成の大合併において宍粟市の市名は旧・宍粟郡がそのまま継承されました。そして、その宍粟市は難読・誤読地名の西の横綱に選ばれるという光栄(?)に浴しました。
 ※竹内正浩著「日本の珍地名」で難読・誤読地名番付による(最下部写真)

 同時に“宍粟”は読めないだけでなく、書けない、どこにあるかわからない、という三拍子そろった地名だと揶揄(やゆ)されています。

地名の由来「伊和・須行名」 (5)
【閲覧数】4,399
2010年02月01日 16:24
最新投稿:11年11月09日 12:03
今回は「伊和・須行名」(一宮町神戸地区)をとりあげます。

■伊和(いわ)神戸盆地のほぼ中央部、岡城川下流域に位置し、東方は岡城川の尾根続きの丘陵。

【古代】伊和郷 奈良期~平安期に見える郷名。「和名抄」播磨国宍粟郡八郷の1つ「風土記」に伊和村と見え、石作里の旧名で、本来の名は神酒(みわ)あるいは於和(おわ)村という。石作里は揖保川上流とその左岸に注ぐ染河内川の合流点から南、揖保川とその左岸に注ぐ梯川の…
2009年12月02日 16:04
最新投稿:11年10月26日 10:12
今回は、一宮町の三方(みかた)村、下三方(しもみかた)村、繁盛(はんせ)村の地名由来について取り上げます。

■三方:揖保川の支流三方川に公文川が合流する地点に形成された三方盆地に位置する。
【古代】三方郷 奈良期~平安期に見える郷名。「和名抄」播磨国宍粟郡八郡の一つ。

「風土記」に宍禾(しさわ)郡七里の一つとして、御方里(みかたのさと)とあり、次のような逸話がある。
伊和大神(いわのおおかみ)と天…
2010年02月10日 13:23
最新投稿:11年10月21日 10:28
今回は、「三方町・公文・森添」(一宮町三方地区)をとりあげます。

■三方町(みかたまち)
揖保川上流、同川とその支流の公文川・高野川などの合流点付近に位置する。味方町、味方村とも記された。三方谷(三方郷)の中心で、但馬への道や上野(うえの)村(現波賀町)への道が分岐する交通の要衝である。中世は三方庄に含まれていた。
ミカタの地名は、播磨風土記でイワノオオカミの投げた三つのつづら(三条:みかた)の一つがこの…
2010年02月05日 11:54
最新投稿:11年10月17日 11:40
今回は、「生栖・深河谷・西深」(一宮町下三方地区)をとりあげます。

■生栖(いぎす)
揖保川下流左岸に位置し、集落中央部を支流築谷(つきだに)川が流れ、合流点南部に平地が広がる。地名由来は、生栖の「生」の「いぎ」と発音するのは事の始まりを意味し、三方の谷の始まる地に立地することからといわれる。栖は、住み処(か)、住んでいる所の意。

【近世】生栖村 江戸期~明治22年の村名。播磨国宍粟郡のうち。はじめ姫…
2009年12月01日 14:06
最新投稿:11年09月29日 13:39
今回は、宍粟市一宮町の神戸(かんべ)村、染河内(そめごうち)村の地名由来を取り上げます。

■神戸(かんべ)村:揖保川上流域。地名は、この地に鎮座する伊和神社に給された※神戸(かんべ)に由来する(※新抄格勅符抄)

※神戸:神社に属して、租・庸・調や雑役を神社に納めた民戸
※新抄格勅符抄(しんしょうきゃくちょくふしょう):平安時代に書かれた法制書

【中世】神戸 鎌倉期から見える地名。播磨国宍粟郡のう…
2010年03月26日 12:10
最新投稿:11年08月01日 10:51
地名の由来「揖保川」   

 揖保川の「揖保」の起源は、播磨風土記が編纂された奈良時代の昔にさかのぼる。

 風土記には、アメノヒボコ(天日槍命)とアシハラノシコオノミコト(葦原志挙平命)の2神の国(土地)の争奪の話が記されている。

風土記の揖保郡(いいぼのこおり)という条に、

「揖保郡所以称粒者 此里依於粒山故因山為名 粒丘 所以号粒丘天日槍命従韓国渡来到於宇頭川底而乞宿処於葦原志挙平命日汝為…
[地図情報有り]
2009年11月16日 14:25
最新投稿:11年07月31日 21:32
 このコミュニティを立ち上げるのに、図書館に通ったり、郷土研究家の方に会って話を聞く中で感じたことは、地名を知ることは、歴史を知ることになり、奥が深いということ。答えのない迷路みたいなところがあって、それがまた面白く、そこが歴史ロマンかなと・・・。そのような意味で、地名は、歴史を物語る文化遺産だとも言えます。

 奈良時代に編纂された最も古い書物に、諸国の土地の名の由来や特産物などを記した「風土記…
2010年10月06日 15:25
最新投稿:10年10月06日 15:25
地名の由来(宍粟ゆかりの地及び周辺の地)

三日月町(現佐用町)

■三ツ尾(みつお)
 古くは、光の尾とも書いた。千種川支流大下り河上流域。地名の尾は尾根をさすものと思われるが不詳。
 元禄郷帳では大下村を古くは三尾村と記しており、元禄年間までに大下村を分村。明治22年大広村の大字となる。

■大下り(おおさがり)
 千種川支流大下り川上流域。地名は大畑の山を下った所の意にちなむと思われる。古くは三尾村と…
[地図情報有り]
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