宍粟の地名(由来)の「地名の由来「揖保川」 その3 素顔」
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地名の由来「揖保川」 その3 素顔
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2010年03月31日 10:52
揖保川の素顔

 揖保川の源流は、中国山脈に連なる藤無山(標高1,139m)です。そこから流れ出た小さな流れは渓谷を南流しながら一宮町曲里(まがり)地点で引原川と合流します。さらに、山崎町、新宮町を南流しながら栗栖川などの支流をあわせて竜野市へと流れていきます。

 龍野市南端では、揖保川最大の枝川である林田川と合流し、河口付近で、中川にわから播磨灘に注いでいます。

 揖保川流域面積は、約810K㎡です。その流域は上流から波賀町、一宮町、山崎町、新宮町、揖保川町、安富町、太子町、姫路市、御津町に2市8町にまたがり、約20万人の人たちが住んでいます。

 また、流域の上流部は、標高500m~1,000mの急峻な山地に覆われ、下流部は播州平野に広がるものの、山地が80%を占めています。

 流域の産業は中・上流域では、主に農林業が行われており、臨海部では工業地帯が発達しているほか、龍野市等で素麺、醤油、皮革産業等の地場産業が盛んに行われています。これらの産業を支えているのは、言うまでもなく揖保川の豊かな水の流れがあるからです。

 揖保川は古来より上流域の流出土砂によって流れが一定せず、洪水の度に多大な被害をもたらしてきました。この川を治めるための工事は、江戸時代初期頃より行われていますが、近代的な土木工事が行われるようになったのは、昭和21年になってからです。それから教えて60年以上経ちますが、この間に堤防を築いたり、ダムや排水機場を建設し、安心して暮らせる川づくり、環境に配慮した川づくりは引き続き行われています。 「生きている揖保川」より


「E-宍粟」支援隊そーたんs

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