宍粟の地名(由来)の「地名の由来「名坂・三森」」
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地名の由来「名坂・三森」
【閲覧数】2,580 【マップカテゴリ】安富町(現姫路市)
2010年03月16日 12:12
今回は、「名坂・三森」(安富町安志地区)を取り上げます。

■名坂(なさか)
 古くは名阪とも書いた。林田川上流。地名の由来には、ネ(根)サカ(坂)の転訛で山屋根のふもとの坂による説(ひょうごの地名)とか、ノ(野)サカの転嫁とする説がある。地内菅谷の今念寺には弘安3年(1280)2月造立の石造五重塔がある。村内は北から下河(けご)・名坂・大町・菅谷の四集落に分かれる。
 
 神社は八幡宮(現八幡神社)。安志谷氏社3社の1社で、免租神田下々田2反をもつ。ほかに下河に愛宕・荒神・山神の各神社があったが、のち明治41年八幡神社へ合祀。寺院は天台宗今念(こんねん)寺。同寺は、享保年間(1716~1736)末広村今念から現在地へ移転したとも伝えられるが、慶長検地の際には、名坂今念寺名が記されている。ほかに臨済宗開善寺。同寺は安志藩建立で、安志藩校教授で中井竹山「小華孝状」で知られる稲垣子華(あながきしか)の墓がある。のち昭和32年廃寺。明治6年迎化小学校設置。


■三森(みつもり)
 林田川の支流三森川の流域。地名の原義は、神の鎮座地を意味する森(社)の尊称御森(みもり)で、御に三を当てたのがミツモリに転嫁した。「風土記」に見える安師比売神の鎮座地の意。三森城は字城山にある戦国期の山城遺構。あごなし地蔵は歯痛を止める隠岐のあごなし地蔵信仰の伝承した信仰形態が残る。安志姫神社の祭礼は氏子各村が輪番で主宰し、当屋制の名残がうかがえ、馬駆けの神事により馬駆け祭りと呼んだが、近年になり年番制・馬駆けの神事は廃絶された。

 神社は、安志谷氏神3社の1社である安志姫明神。走者は慶長検地で免訴神田下々田2反が書き上げられた。ほか荒神(現春荒神)・山神・毘沙門堂(跡地字赤部山)・地蔵堂(現あごなし地蔵)。枝村舂(うずく)は字義から南にも高い山があって日当たりが悪いのに由来するともいわれるが、断層の形成した臼状の地形による地名。字毘沙田(びしゃだ)は歩射田(ぶしゃでん)の転嫁で、歩射を行う祭礼費をまかなうための田に由来する地名(柳田国男:地名の研究)。安志姫神社の古い祭礼形態を伝える地名か。字火打谷は火打石を産したのによるという。

※ことば  歩射(ぶしゃ):歩きながら弓を射ること。 

◇今回の発見
・今念寺は末広にあったのが名坂に移されたという。末広には今念という小字が残る。
・三森に残る毘沙田は、祭礼儀式の歩射から来たのか。地名は寺社の所在や古き所作を伝える文化財。


※安志姫神社については地名の由来「富栖・安志」(安富)をご覧下さい。
http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=6811&…bbs_id=102

「E-宍粟」支援隊“そーたん’s” 
▼安富町地図 ▼石造五重塔・稲垣子華墓 ▼三森城址

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Re: 地名の由来「名坂・三森」
【返信元】 地名の由来「名坂・三森」
2010年03月16日 12:24
タケネットさん、

「名坂」の由来、ありがとうございます。
ここに安志藩の安志城というか、柵があって
大手門があったと、じ様から聞いていました。
今は何もないのでしょうか。