宍粟の地名(由来)の「地名の由来「栃原・末広」」
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地名の由来「栃原・末広」
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2010年03月15日 13:28
今回の地名由来は「栃原・末広」(安富町富栖地区)をとりあげます。

■栃原(とちわら)
 揖保川の支流林田川の上流域に位置し、安志川(現林田川)の両岸にあり、南は名坂村。東岸に角屋(かどや)・上垣内(うえがいち)、西岸に小林・渡辺、西流して、安志川に合流する中ノ谷、川沿いに中ノ谷の集落がある。

 古くは橡原とも書いた。地名は、トチノキの自生に由来する。室町初期の五輪塔がある。北方山頂の大岩壁を鎌倉岳という。

 神社は天満宮(現天満神社)・水尾明神・建速社。寺院は大永3年(1523)開基の浄土宗本願寺派正源寺。同寺は板倉三郎太夫が頂戴した蓮如上人筆六字名号を安置した道場に始まり、2回の火災に水を噴き焼けず「火除けの名号」と呼んで今に伝える。地蔵堂は江戸中期の立像石仏を祀る。

 「播州宍粟郡誌」には枝村平岩・上垣内・杉垣内・きしをあげる。村内北部は平岩・上垣内・杉垣内、南部は道場垣内(現寺垣内)・殿垣内・走尾(はしお)に分かれる。
 
 昭和4年富栖尋常高等小学校が末広から字走尾に移転。


■末広(すえひろ)
 林田川上流域。地名は、中世の名田百姓村で佳名として用いられたものというが、単なる佳名として選ばれたものと思われる。中谷川の河谷の字今念(こんねん)は名坂今念寺の故地と伝え、大正中期に南北朝期を下らぬ石灯篭基礎を出土。当地へ来た弁慶の足形が残るという巨石があり、安富北小学校に保存される。

 神社は渡辺天満宮・行成(ゆきなり)建速社・田畑建速社。寺院は真宗西派の西岸(さいがん)寺は大永3年(1523)建立、開基は法徳という。「播州宍粟郡誌」に枝村小林・渡辺・上垣内・中ノ谷をあげている。

 明治6年西岸寺に従化小学校開設、同8年渡辺小七宅へ移転。同9年順化小学校(皆河村)・従化小学校を統合して字かわらけ畑(ばた)に時習小学校開校、同11年字片添に移転。

◇今回の発見
町史によると、安富は美林に覆われた地で、山林が88%。明治中期以降、造林に力を入れてきた。その中で富栖杉が有名。病害(赤枯病)に強い杉が求められ、宮崎から手に入れた苗が大正期に植林されて試行錯誤の上、見事に育てられた。


「E-宍粟」支援隊“そーたん’s”

▼安富町地図 ▼整備された人工林(末広) 



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