宍粟の地名(由来)の「地名の由来「土万・葛根」」
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地名の由来「土万・葛根」
【閲覧数】878 【マップカテゴリ】山崎町
2010年01月21日 11:32
今回は「土万・葛根」(山崎町土万地区)をとりあげます。

■土万(ひじま) 

播但中央山地の南西部、千種川の支流志文(しぶみ)川の中~上流域に位置する。地名の由来は、播磨風土記で伊和大神の神衣が土(地面)に着いたことによるという。※泥のことをヒジといい、泥の多い湿地帯であったとされる

【中世】土万 中世は土万郷に含まれていた。

【近世】元禄(1688~1704)以前に今出(いまいで)村を分村。慶長国絵図に村名がみえる。はじめ姫路藩領、慶長18年(1613)備前岡山藩領、元和元年(1615年)山崎藩領、慶安2年(1649)幕府領、元禄10年(1697)三日月藩領となり、幕末に至る。神社は松尾神社。

【近代】土万村 明治12年(1879)今出村を合併。明治22年~現在の大字。はじめ土万村。昭和30年からは山崎町の大字。

 □ 今出村(いまいでむら) 千種川支流志文川の中流・上流に位置して、南は土万村。土万村の一部であったが、元禄(1688~1704)以前に分村。分村の年代は不明だが、分村後の変遷は土万村と同じ。明治12年土万村に合併。


■葛根(かずらね)

千種川の支流志文川の上流左岸、播但中央山地山麓に位置する。

【近世】葛根村 江戸期~明治22年の村名。播磨国宍粟郡のうち。慶長国絵図に「桂根村」とみえる。はじめ姫路藩領、元和元年(1615年)からは山崎藩領。延宝6年(1678)備前国岡山藩預り地、延宝7年(1679年)、享保元年(1716)からは安志藩領。近隣で唯一の安志藩領である。明治22年土万村の大字となる。

【近代】葛根 明治22年~現在の大字。はじめ土万村,昭和30年からは山崎町の大字。


◇今回の発見:葛根の地名由来は辞書に記述はない。江戸期には葛根(絵図では桂根)とあり、植物の「かずら」からきていると思われるが、不詳。

※雑考:マメ科の植物の葛(くず)の根から葛粉(くずこ)がとれ葛餅(くずもち)や漢方薬に使われる。長芋状の太い根から取り出した良質のデンプンである。和名は、かつて大和国(現:奈良県)の国栖(くず)が葛粉の産地であったことに由来するという。デンプンを取り出すのに冷たい水に何度もさらす必要があり、手間隙かかる。葛はどこにも生え繁っているが、この地域でクズ根を利用していたのかどうか。

※関連として(既出)土万村(現土万地区)の地名由来をご覧ください。
http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=6930&…bbs_id=102

●葛根の伝説 しそうの逸話「腰痛地蔵尊」をご覧ください。
http://shiso-sns.jp/blog/blog.php?key=8296

「E-宍粟」支援隊“そーたん’s”

▼土万地区の地図  ▼葛(くず) 

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