宍粟の地名(由来)の「地名の由来「須賀沢・高所」」
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地名の由来「須賀沢・高所」
【閲覧数】3,158 【マップカテゴリ】山崎町
2009年12月28日 14:05
地名の由来 河東村の「須賀沢・高所」(山崎)を取り上げます。

■須加村(すかむら)

【近世】江戸期~明治12年の村名。播磨国宍粟郡のうち。揖保川支流大谷川流域。地名は、「風土記」に安師里(あなしのさと)の条に同里のもとの名は酒加里で、その名はこの地で伊和の大神が飡(すか)した(スクは食すの意の敬語)事に由来するとある。そのため当村は酒加里の遺称地とされる。はじめ姫路藩領、元和元年(1615年)宍粟藩領、延宝7年(1679年)幕府領、さらに林田藩・姫路藩預かり他、幕府領、三日月藩預かり地を経て、天保年間(1830~1844年)上野国館林藩領。神社は、愛宕神社・牛頭天王社(現石作神社)・※觱篥(ひちりき)神社。觱篥神社は延久元年(1069年)後三条院によって勧請されたという。
 寺院は、浄土真宗本願寺派無量山願寿寺。同寺は、天文17年(1548年)(一説に天文7年)八井藤左衛門(慶乗)が蓮如の弟子となり開基したと伝える。のち明治11年焼失、再建(宍粟郡誌)。当村は、藩主の参勤交代路にあたり慶長播磨国絵図(天理図書館蔵)では須賀町と記されている町場であった。当村内を流れる大谷川の上流には銅山があり、享保元年(1716年)大阪南谷町越前屋理兵衛の手で採鉱された。また門前鳩屋は高瀬舟を運航するほかに鉄山経営も行っていた。延宝7年(1679年)幕府領以後代官所が置かれ小針・杉尾の両氏が手代・山方役所役人として常勤した。明治12年須賀沢村の一部になる。

■須賀沢(すかざわ)
「すか」とも称する。揖保川中流左岸に位置する。

【近代】須賀沢村 明治12年~22年の村名。宍粟郡のうち。須賀村と※蟹沢村が合併して成立。願寿寺に寺子屋があり、内海太郎大夫・内海三吾・進藤兵右衛門らが教育に従事した。明治13年博文小学校分校設置。

【近代】須賀沢 明治22年~現在の大字名。はじめ河東村、昭和30年からは山崎町の大字。大正9年河東信用組合の事務所を出石に設置。昭和40年国道29号の拡幅工事完了。同50年中国自動車道が開通し、立退民家は北側の山すそに集団移転。

※蟹沢村(かにがさわむら):〔近世〕江戸期~明治12年の村名。江戸期は蟹ケ沢とも書いた。揖保川の支流大谷川の上流域。安富町との境安志峠(須賀峠)の鞍部近くに位置する。銅山があった。

■高所(こうぞ)

揖保川中流左岸、播但中央山地の南部。地名の由来は、やや高めの山すそに位置することによる。
【近世】高所村 江戸期~明治22年の村名。播磨国宍粟郡のうち。当村の特産物として、木綿・松茸・鮎。地内塩瀬には※簗場(やなば)があった。(播州宍粟郡誌)。当村に元山崎藩同心平山弁蔵が住み、文久年間(1861~1864年)に騒動を起こしたと伝える。(郷土研究会報)。
 神社は、春日神社。同社には獅子舞が伝わる。明治22年河東村の大字になる。
※簗場:川の中に足場を組み、木や竹ですのこ状の台を作った梁(やな)を設置し、上流から泳いできた魚を獲る。

【近代】高所 明治22年~現在の大字名。はじめ河東村、昭和30年からは山崎町の大字。米・麦を中心とした農業を営んでいたが、戦後造園・製材・自動車整備・金属加工などに進出。昭和49年河東大橋が新設され、県道田井中広瀬線とT字形交差する道路が開通した。


◇今回の発見:千種村と同様、須賀村の領主の変遷が多い。いずれも鉱山があることにも起因しているのか。


※觱篥神社の逸話がありますので、ご覧ください。
http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=1294&…;bbs_id=56

「E-宍粟」支援隊“そーたん’s” 

書き込み数は8件です。
[ 日付順 ] [ 投稿者順 ]
Re[3]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月31日 13:07
タケネットさん、

黄色いのは酸化鉄 Fe2O3 ですね。
大谷鉱山の坑口からの黄色いずりと同じ鉄錆です。
銀色に光っているのは硫化鉄 FeS です。
硫黄っぽいにおいがしますが、これこそ大谷鉱山の
匂いです。

そういえば、大谷鉱山から国道29号線に出てきたところに、
黄色や虹色に光る鉱石が山積に置いてあったのを小学生
低学年の頃見たことありますが、これは今から思うと
黄銅鉱 CuFeS2 ですね。

Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月30日 14:59
コーゾーさんへ

いいサンプルがありますね。黄色ぽいのはイオウでしょうか。
私も、小4か小5のとき、人がもっている水晶がほしくて、大谷鉱山へ行ったことがありましたが、残念ながら見つけられずに帰ったことを覚えています。
Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月30日 12:41
しんちゃんさんへ

須賀沢の字限図を見せてもらいました。この図から、小字名集に記載されている須賀沢の小字の位置が確認できます。中には、興味ある小字名がありますね。たとえば非尻谷、無如谷、チコベ、細工郷等々。(お尻に非ずの谷はどんな格好。谷の無きが如しとはどんな谷。チコベはどこから。細工の郷で何を細工してたの。)

兵庫の小字名集から須賀沢の小字を取り上げます。
非尻谷(ひじりだに)
樋ノ本(とゆのもと)
古町(ふるまち)
上大坪(かみおおつぼ)
中大坪(なかおおつぼ)
桜ノ本(さくらのもと)
森ノ元(もりのもと
宮ノ下(みやのした)
小上(こうえ)
河原谷(かわらだに)
土井ノ内(どいのうち)
垣内(かいち)
土林(つちばやし)
エンコウ(えんこう)
中谷(なかたに)
大谷(おおたに)
チコベ(ちこべ)
梅ケ谷(うめがだに)
近江ケ谷(おうみがだに)
柳ケ谷(やなぎがだに)
鴻谷(こうだに)
峠ゲ(とうげ)
ヒソウ(ひそう)
尾鼻(おばな)
猪ノ谷(いのたに)
無如谷(むにょだに)
才ノ元(さいのもと)
石ケ谷(いしがだに)
前田(まえだ)
梨子ケ久保(なしがくぼ)
油谷(あぶらだに)
油垣内((あぶらがいち)
菖蒲谷(しょうぶだに)
細工郷(さいくごう)
森垣内(もりがいち)
下河原(しもがわら)
西谷(にしがたに)

※エンコウは図の「円入」のことのようですね。
※図に尾鼻だけがない。猪谷の上部でしょうか?
※大谷周辺に書かれている地名は小字の小字ですね。

小字は、古代からその土地に住みついてきた集落民が名付け、使ってきた地名(山・川・土地等)なので後世に残していくべきものだと思います。行政区の拡大、宅地造成などで住所にない小字は消えかかろうとしています。みじかな郷土地名集として、宍粟市字限図集を残すべきでしょうね。
Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月29日 21:55
ちょっと見にくいので。

こちらのブログで見てください。

http://shiso-sns.jp/blog/blog.php?key=321
Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月29日 21:52
地元にいても知らないことが沢山ありますね。

確か明治の始めに通称殿様藪(現在は中国道の下らいいですが)より、銅鐸が出土下らしいです。
現在行方不明ですが、東京大学所有の銅鐸が非常に似ているらしいです。詳細はよくわかりませんが。

それと須賀沢地区の小字をのせておきます。
Re[3]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月29日 21:34
アイテツさん

砂金は無いようです。

昔近所の方が鉱山所有してましたが、砂金は聞いたことありません。

水晶なら今でも沢山ありますが。
Re[2]: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月29日 19:06
コーゾー君さん。
そうなると「すか」は「すく」とか、砂金でも混じってた可能性はありませんか。銅の鉱脈に金がからみつくことはありませんでしょうか。「横すか」は砂鉄の多い場所ですが・・・。
Re: 地名の由来「須賀沢・高所」
【返信元】 地名の由来「須賀沢・高所」
2009年12月29日 12:21
タケネットさん、

須賀沢の大谷川上流左岸を少し入ったところに、大谷鉱山跡があります。 
タケネットさんの由来を読みますと銅山だったのですね。

小学生の時から、鉱石や水晶を採りによく行きました。
大谷鉱山の鉱石の写真です。