宍粟の地名(由来)の「地名の由来「伊沢町、紺屋町、寺町」(山崎)」
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地名の由来「伊沢町、紺屋町、寺町」(山崎)
【閲覧数】1,114 【マップカテゴリ】山崎町
2009年12月10日 14:59
今回は、「伊沢町、紺屋町、寺町」を取り上げます。

■伊沢町(いさわまち)

【近世】江戸期~明治4年頃の町名。はじめ籠町(籠ノ町)、次いで茶町、さらに伊沢町と改めた(播州宍粟郡誌)。享保年間(1716~1736年)に伊沢町の名が見えるが、文化年間(1804~1818年)の地詰帳には一部に茶町の名を使用している。陣屋の北側に東西に設けられた外堀の中央東寄りにあった熊鷹(角鷹)御門から町場を北に走る道を中心に位置する。
 地名の由来は、この町の北の道筋は伊沢谷に向かい、伊沢に通ずるところからと思われる。


■紺屋町(こんやまち)

【近世】江戸期~明治4年頃の町名。城下町の中央北部に位置する。町名は紺屋職人の町であることによる。文化年間(1804~1818年)の地詰帳によれば大工・左官・畳職などの職人の住居や商店が混在している。

■寺町(てらまち)

【近世】江戸期~明治4年頃の町名。城下町の北端、篠の丸山の東麓の段丘面に山に接して南北に位置する。はじめ大雲寺町と称した。元和5年(1619年)藩主池田輝澄の町の北辺を寺院で固めるという軍事的な意図で生まれた。寺院は、浄土宗大雲寺・日蓮宗妙勝寺・臨済宗興国寺。


今回の発見:紺屋町という地名は、多くの城下町に見られる地名で、職人町の名残であるということ。あとにも出てきますが、数箇所あります。

※しそうの地名の由来一覧
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