宍粟の地名(由来)の「地名の由来「波賀」」
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地名の由来「波賀」
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2009年11月24日 13:38
前回、平成の合併前の宍粟郡5町の各町の町名由来をあげましたが、その内の波賀町名の由来について、もう少し詳しく取り上げてみます。

日本地名辞典には、こう記されている。

波賀:揖保川支流引原川(ひきはらがわ)流域に位置する。
〔古代〕 波加村  奈良期に見える村名。播磨国宍粟郡(しさわのこおり)のうち「風土記」に宍禾郡雲箇里(うるかのさと)のなかに波加村が見え、神が国土占拠を争った時、天日槍命(アメノヒボコ)が伊和大神より先にこの地にいたったので、伊和大神はこれを怪しみ、「度(はか)らざるに先に到りしかも」と言ったため、波加村と名付けられたという。

〔古代〕 伯可荘 平安時代末期に見える荘園名。宍粟郡のうち。宝永5年の「宍粟郡誌」に、上野村他8か村を俗にはかの庄という、とある地域で、揖保川の源流の1つの引原川と、支流斉木川との合流点付近を中心とする。現在の波賀町南部を占める地域に成立した荘園。風土記に出てくる雲箇里に波加村、少し後の、平安時代には、荘園名として、伯可荘、俗にはかの庄と呼ばれていた。

〔中世〕波賀 戦国期に見える地名  (伊和神社文書、安積文書に波賀名の記載あり)

ひょうごの地名(吉田 茂樹著)には、「ハカ」というのは、風土記の説法は論外として「ハカ(崖地)」の意とみられる。崖地ことに崖くずれを生じた土地に用いられる古代の用法であった。とある。

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