宍粟の地名(由来)の「「しそうの地名(由来)」のコミを立ち上げるにあたって」
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「しそうの地名(由来)」のコミを立ち上げるにあたって
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2009年11月16日 14:25
 このコミュニティを立ち上げるのに、図書館に通ったり、郷土研究家の方に会って話を聞く中で感じたことは、地名を知ることは、歴史を知ることになり、奥が深いということ。答えのない迷路みたいなところがあって、それがまた面白く、そこが歴史ロマンかなと・・・。そのような意味で、地名は、歴史を物語る文化遺産だとも言えます。

 奈良時代に編纂された最も古い書物に、諸国の土地の名の由来や特産物などを記した「風土記(ふどき)」があり、全国(62国と3島)でも、残されているものはたった5つしかなく、それも原本ではなく、写本として残されてきました。その数少ないものの一つが、播磨国風土記です。ほんとうに1300年間天変地異、合戦、火事、空襲によく耐えたものです。長い歴史の中で、日本の多くの文化遺産が消失していったなかでの数少ない貴重な遺産だということですね。

 天下の名城姫路城は、本土空襲で姫路が焼け野原になったとき、奇跡的に無傷で残りました。実は、アメリカ空軍の姫路市爆撃に姫路城は攻撃目標除外のリストにはなかったという。
(この記事を書いた後、わかったことですが、空襲前に、住民の手で黒い網を張って備えていたことと、空襲の後、焼夷弾の不発弾が天守で見つかったことなど。)

 思うに、貴重な建造物の文化遺産、書物の文化遺産、豊かな自然と人が生み出した有形・無形の遺産、歴史ロマンにあふれた地が兵庫県・播磨の国だと言えると思います。


トピックス発信順序

 昭和27年に発行された、「宍粟 1952」宍粟地方事務所編の巻末付録に当時19の町村(昭和の大合併と言える昭和30年代の市町村合併前)と大字名称の一覧があり、この町村と大字を中心に、記述していきます。なぜかというと、この名称一覧には、現在の住所には使われていないが日常よく使われている地名(昔の村名)で、例えば、写真の表の左段の町村名に山崎町の城下(じょうした)、戸原(とはら)。一宮町の神戸(かんべ)、染河内(そめごうち)。波賀町の西谷(にしたに)、奥谷(おくだに)などの村名(地名)があって、その成立構成や位置づけがわかるからです。

最初は、「宍粟(郡)」から始めて、5町「山崎」「一宮」「波賀」「千種」「安富」の各町名と上述の村名(昭和の合併前)、大字、小字(この表にない住所名)の由来や特色を順にあげていきます。その後、宍粟ゆかりの周辺の地を見つめてみたいと思います。

参考文献は、角川日本地名大事典・兵庫県の地名・各町史・その他地域文献等。

「E-宍粟」支援隊“そーたん’s” 

▼郡内大字名称▼地名辞典(2冊)と内容

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