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伊予 宇和島城 をゆく
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2019年03月29日 09:40

 

伊予 宇和島城 をゆく  国史跡

愛媛県宇和島市丸の内

 

▲二の丸からの天守

▲天守 現存する12の天守の一つ

 

▲天守の瓦には伊達家の家紋「九曜」が見える

 


 愛媛の松山道後より宇和島に向かった。松山自動車道を使うと、以外にも早く1時間半ほどで行くことができた。四国山地の急峻な山々に長いトンネルが通され、松山・宇和島間がぐっと近くなっている。
 その昔、松山から大洲そして、大洲からの宇和島街道には鳥坂(とさか)峠や法華津峠などの難所があった。ゆえに宇和島藩の参勤交代の出発は海路を使い、兵庫室津に向かったという。
 

宇和島城のこと

 

▲宇和島城絵図  江戸中期-後期 国立国会図書館蔵

 


 宇和島城は、宇和島市の中心部の標高約80mの独立丘陵上にある。宇和島は古くは板島と呼ばれ、戦国期には土豪の家藤監物が板島丸串城(のちの宇和島城)に在城し、『清良記』には板島の町とあり、すでに小城下町が形成されていたと考えられている。
天正3年(1575)に、監物にかわって西園寺宣久(のぶひさ)がこの城に移り本城とした。その後、藤堂高虎が入部し本格的な城と町造りを行った。城の縄張りはほぼこのときにでき上がり、当初の天守は、のち伊達家により立て替えられ、白壁の3重3層、唐破風の変化に富む美しい天守が今に残る。城郭は不等辺5角形で北と西が海に面し、城下町は城東部に町人町・職人町、南部に武家屋敷が置かれた。



 江戸時代、徳川幕府の隠密が四国を探索した記録によると、「天守四重也」「四方の間、合十四町三反七間」と縄張りを四角と間違って報告している。藤堂高虎の計算ずくの設計であったのだろうか。


◆宇和島の地名由来:宇和島は宇和郡と板島の合成地名と思われる。

 



鎌倉・中世の宇和郡

 

 

 橘(たちばな)氏が平氏から転じて源頼朝に臣従し、橘公長とその子等は鎌倉御家人となり、治承4(1180)年宇和郡の地頭職を得た。しかし、嘉禎2年(1236)太政大臣西園寺公経(きんつね)の願いを幕府が容れて橘氏の所領は奪われた。以後大部分の宇和郡は西園寺氏の領する宇和荘となった。「吾妻鏡」、「西園寺家荘園目録」

 14世紀頃には当郡全域は西園寺氏の支配下におかれ、黒瀬城とともに宇和郡宇和町に居城を置いた。西園寺氏は宇和郡内の土豪層を支配化に置き、九州の大友氏、土佐の一条氏・長宗我部氏の軍としばしば交戦を交え、また道後の河野氏とともに中国毛利氏の援護に赴いた。

 天正12年(1584)に西園寺氏は長宗我部氏に降りたが、翌13年に豊臣秀吉の四国征伐を受け滅亡した。

参考:「日本城郭大系」、「角川日本地名大辞典」、他


アクセス


北登城口にある有料駐車場を利用し、家老桑折(こおり)氏の長屋門をくぐった。


 
▲北登城口 家老桑折氏の長屋門が移築 ▲堅牢な石段が続く

 

 歩き始めて早々、うっそうとした照葉樹林の中、苔むした石垣が見えた。近づくにつれ往時の石垣姿に胸踊るものがあった。

 

 
▲向うに石垣            ▲苔むす算木積みの石垣

 

 
▲この辺にも門があったのだろう   ▲井戸丸跡 三つの井戸のうちの最も重要なもの

 さらに進むと大きな井戸がある。深くて今でも水があるようだ。
そこから少し先に左右に道が分かれ、左は二の丸・本丸方面で、右は藤兵衛丸で今は山里倉庫が移築され民芸資料が数多く展示されている。

 

 
▲二の丸につづく石段 下部が三ノ門跡 


 二の丸中央に櫛形門(一の門)の石段があり、その石段を上がると正面に均整のとれた美しい天守が出迎えてくれた。
 ただ、広い本丸にぽつりと天守のみが寂しそうでもあった。つい最近まで天守前に門代わりに繁茂していたという大木の株が残っている。




 周りを、見渡すと海はかなり向うだ。城の北・西は海に接し、藩船が出入りしていたというが、城の周りは市街化して、かつての海城のイメージは湧かなかった。

 

▲本丸天守からの眺め(北西方向)海の向うは豊後大分

 


▲天守内部 軒瓦・城蟻の被害等


雑 感

 本丸に5~6人のボランティアガイドの方がおられ、城に興味をもっていると伝えると、城図や資料を頂いたり、天守内外でいろいろ説明をして頂いた。築城当時の藤堂氏や公爵伊達宗城氏の明治の活躍などのお話が印象に残っている。  
  駆け足の伊予巡りであったので、またじっくり訪れたい。今度は、佐田岬から九州豊後を眺め、宿毛を抜け清流四万十川を渡り、土佐高知へ行ってみたく思っている。

 

 

 

 ◆ 宍粟(しそう)・播磨の城跡 http://shiso-sns.jp/community/?bbs_id=122


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