宍粟の地名(由来)の「地名発見! もう一つの魚町」
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地名発見! もう一つの魚町
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2018年02月02日 14:53

地名発見! もう一つの魚町 

 

 山崎町城下町の中心通りに本町があり、その一つ北の筋に北魚町がある。魚町はかつて魚介類を扱う職業町の名残りを示す地名なのだが、方角を示す北が付いている。この地名のコミュティ「地名の由来」を立ち上げた時(8年前)にそのことが気になっていた。北があれば南もあってもしかるべきと思っていたからだ。

 先日、江戸初期の宍粟藩主池田数馬のときの国絵図「宍粟山崎構之図」(延宝5年1677年頃)の中に、その理由(答え)を見つけることができた。

 

 地図に描かれた城北部の東西に延びる外堀の西端に土橋門があり、その門の北の約60mの筋に「西魚町」と表記されているのを見つけた。同じその場所は、140年後の本多山崎藩時代の文化14年(1817)の町家配置図には、「横丁」と表記され、6件の町屋が並んでいる。

 

 

▲中央に「西魚町」とある 「宍粟山崎構之図」(延宝5年1677年頃)の一部

 

▲中央に「横丁」とある  文化14年(1817)の町家配置図の一部

 

 

 おそらく時の流れに西魚町の魚屋は影をひそめ、北にあった魚町が残ったのだろう。池田数馬の時は3万石、すぐあとの本多家は1万石で家臣の数も三分の一に減ったことが商売に影響したのではと深読みしてみた。小さな発見だが気持ちはすっきりした。その意味では大きな発見でもあった。

 

※ 追記 2018.3.2 

 安政2年(1855))安政江戸大地震があったときの山崎本多藩覚帳に、(災害の義援金)差上者の中に、西新町魚屋官治を見つけた。上記の文化14年(1817)の町屋配置図にはない魚屋という屋号を持つ者がいたということは、少なくとも幕末までは、この横丁で魚の商いが行われていたようである。

 

 

 

ウナギの寝床の町屋と今も残る屋号

 

 宍粟郡山崎町は池田家、松井家、池田家の3家のあと、本多家が明治までつづいた。江戸期の山崎町は郡内の鉄・薪・炭・米等の物資が集荷され、揖保川の高瀬舟による水運が発達し、物流の中心地となった。最上山の南麓には城下町が形成され町屋が軒狭しと立ち並んた。

 

 今も残る城下の街並は短冊のような長方形で間口が狭い。そのわけは、徳川三代将軍家光が店の間口の広さに応じて税金をかける「間口税」を導入したことによると言われている。間口の広さで税が決まるとなれば、町人は税対策として間口が狭く、奥が深い町屋を生み出した。そのため町家はその形状から「うなぎの寝床」と言われた。その典型的なのが京都の町屋であると言われている。

 

 ちなみに町屋配置図をざっと目を通せば、最も狭いもので2間1尺(約4m)で、その多くは4間・5間(7m・9m)サイズである。。

 

 

▲街並み  昭和29年(1954) 最上山から東南方向

 

 

 屋号は必ずしも、商売内容を示していない。出身地を示すものが多いのである。出身地は当然のことながら地元を中心に郡外からのものもある。

 町屋配置図に記されている屋号を現在にまで伝え商いをしている超老舗も存在する。本多家に仕えた家臣の末裔もしかりである。

 

 

▲町屋配置図に描かれた屋号(氏名)  本町の東部

 

 

 

 雑 感

 

急激な時代の変化と不安

 

 老舗といえば、ヤマトヤシキ姫路店が111年の長き時を経て、2月末で閉店することになった。姫路市の戦前・戦後の一時代をはなやかな百貨店として営業してきた老舗だっただけに、一抹のさびしさがよぎる。物流のスピード化と個人購買ルートの変化が、百貨といわれた品揃えの建物自体を無用のものとしているようだ。

 

 周りを見渡せば、増え続けるのが24時間営業のコンビニだ。しかし、スタッフの確保が課題だという。近い将来全業種に人手不足が深刻化するという。

 少子化と高齢化が生活の場だけでなく、福祉・医療体制の変化とそれに伴う利用環境が大きく変化するのは間違いない。それはいままで経験したことのない時代となるだろう。それを克服する手立てを期待しながらも、不安をおぼえるのは私だけではないだろう。

 

 

 

<付記>

 

商工業の著名人物と超老舗の歴史

 

 2009に「地名の由来」のコミュニティを立ち上げて以来、8年ぶりの投稿になりました。近年城下町は空き家が増え駐車場となり失われつつあったが、最近城下町の価値が見直され、残された古民家を保存し活用していこうという機運が生まれています。

 

 こういった動きの中で宍粟の商工業の歴史に名を刻んだ人物がいたことや今もなお当時の屋号を維持している超老舗が存在していることなど、知られざる歴史があることに今、関心を持ち始めています。

 

※関連

 ・地名の由来「北魚町・大歳町・鴻ノ町・旭町」(山崎)http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=6995&…bsp; 

・地名由来ホーム http://shiso-sns.jp/community/?bbs_id=102

 

 

▼マップは西魚町筋を示す


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