宍粟・播磨の城跡の「置塩城(2) 最期の当主赤松則房」
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置塩城(2) 最期の当主赤松則房
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2014年10月03日 18:51

置塩城(2)  最期の当主赤松則房

姫路市夢前町宮置・糸田

 

                                                              

    

 

 

  置塩城は再興した赤松家が本拠とした城で、赤松政則が文明元年(1469)に築城したといわれ、そのあと義村・満政・義祐・則房と五代で約百年続いた。

 

 

置塩城最期の当主赤松則房の時代

 

 戦国末期、赤松則房は再興した赤松総領家最期の当主であったが、播磨はかつての赤松一族及び家臣であった別所、小寺、龍野赤松、浦上などが自立し、もはや赤松は旧守護職としての権威は失墜し、求心力はなく一領主の存在となっていた。

 

 天正3年(1575)に突如近くの恒屋城主恒屋氏(香寺町)らの夜襲を受けるという赤松総領家としてはショッキングな事件が起きた。赤松則房は、諸衆を集め恒屋氏を討ち果たし、総領家としてなんとか面目は保った。

 

   ▼置塩城周辺図                                                 ▼赤松氏略系図 

 

 

 

 その後、織田の播磨進出の動きに播磨の武将の多くのは織田方に恭順していたが、三木城主別所氏が信長に反旗を翻すと東播磨の武将がそれに同調した。

 

 

赤松則房のその後

 

 天正5年(1577)羽柴秀吉の播磨侵攻時に赤松則房はすぐさま秀吉の家臣となり、別所氏・宇野氏と戦っている。その後、秀吉に従い賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い、四国征伐に出陣している。

 天正13年(1585)阿波徳島の板野郡内に一万石の領地を得たというが、阿波での足どりは不明である。

 

 

『上月文書』から見える戦乱の世の赤松氏と上月氏

 

  『上月文書』が阿波徳島の三好郡東みよし町(三加茂町)の井口(いのくち)家に残されていた。

   その文書は戦乱の世を記録した重要なもので30通ほどある。その中に嘉吉の乱によって滅亡した赤松を再興するきっかけとなった南朝の神璽(しんじ)の奪回と主家の再興を記録した「南方御退治条々」をはじめ、応仁の乱で上月氏が赤松家臣として東軍細川勝元につき西軍山名氏と戦い、そのときの細川氏から受けた軍勢催促状や感状が多く残されている。さらに総領家赤松家の政則・則房、そして徳島藩主蜂須賀家の書簡等が残されている。

 

 ▼細川勝元 感状    『上月文書徳島県立文書館蔵より

 

 

▼赤松則房 感状  上月文書』徳島県立文書館蔵より

 

 

 赤松再興に尽くした上月氏は、置塩城主松政則に仕えた。置塩城が夜襲にあった際に上月秀盛は、周辺から寄せられた見舞い等の書状が12通残されている。郡書系図部集の「上月系図」によれば上月秀盛が、本田と名を変え、阿波へ移住したという。『上月文書』にはそれを示す本田姓の宛ての文書が3つあり、その一つが文禄2年(1593)宇喜多忠家から本田五郎右衛門宛の書簡で、そこには文禄の朝鮮出兵で宇喜多・本田が手傷を負ったことが記されている。他の2通は徳島二代藩主蜂須賀至鎮、三代藩主忠英からの書簡で、その内容は見舞いに対する答礼である。四代藩主光隆に至っては宛名が上月姓に戻っている。

 

 上月氏は置塩城主赤松則房が阿波の移封に伴い行動を共にしたと思われるが、何らかの理由でそれができなくなり蜂須賀家に仕えたのであろうか。

 『上月文書』は赤松一家上月氏のルーツを示す文書であるとともに、赤松の再興と応仁の乱の戦国の様子を記した重要な書類で、なぜ井口家に残されたのかその経緯はわかっていない。それを大切に保持してきた徳島藩士の井口家は播磨時代から上月氏と密接な繋がりがあったと推測される。

 

参考:『上月文書に見る戦乱の世』徳島県立文書館、『落穂ひろい』ふーむ氏

 

 

雑 感

 

 2年前庄山城跡(姫路市)を紹介したとき、庄山城跡の西山麓にある小川村が文明9年(1477)・文明13年(1481)上月満吉の知行地であることを知った。その根拠は『上月文書』。その上月文書が阿波徳島にあることがわかり、文書の概要を知り得たのはうれしい。

  現在市川沿いの城跡紹介でしばらく立ち往生してたが、この上月文書によってやっと先が見え始めた。

 

 

※置塩城(1) http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=14873…1322798146

 

◆ 宍粟(しそう)・播磨の城跡 をご覧ください。http://shiso-sns.jp/community/?bbs_id=122

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