宍粟の地名(由来)の「岡山県総社市にもう一つの宍粟(1)」
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岡山県総社市にもう一つの宍粟(1)
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2011年06月24日 15:21

発見! 岡山県総社市に宍粟の地名 (その1) 

 

       ※写真をクリックし、さらに左下の別画面をクリックするとさらに拡大します。

 



   宍粟の地名が、兵庫県の西隣の岡山県総社市にもあることを、昨年その近くを通ったときに宍粟と書かれた標識を偶然見つけました。宍粟市から山陽自動車道で120km地点の所要時間約2時間のところにあります。住所は、岡山県総社市宍粟(しさわ)で、総社市の北のJR伯備線豪渓(ごうけい)駅の周辺の地にあたります。

 

 

 

 

  その総社市の宍粟を地名辞典(岡山県)で調べたところ、

 [古代] 奈良期に見える里名。備中国賀夜郡日羽郷のうち。

地名は、宍は「しし」で肉と同意義、粟は沢(多)が変化したものという。(吉備郡誌)

 

  天平11年(739)の備中国大税負死亡人帳(正倉院文書)に次のように出ています。

 「宍粟里戸主川入(部脱カ)麿口川入部大伴、拾束」

 

     兵庫の宍粟は郡(こおり)で、岡山の宍粟は賀夜白羽の次の村単位なので、規模はちがいます。市と自治会(一集落)ほどの違いはあります。

宍粟の宍と粟
〇宍は「しし」で猪や鹿の肉を表し、この字がつかわれているのは宍道湖(島根)、宍喰(徳島県)、宍崎(高知県)、宍甘(岡山県)、宍戸(茨城県)など、数えるほどしかありません。

〇粟は禾とも書かれ、穀物の意味です。この岡山の宍粟の粟は、沢の変化したものと解釈している。


古墳時代の4世紀から5世紀の吉備の国には新羅(しらぎ)・百済(くだら)・高麗(こうらい)の鍛冶・土木・工芸等の文化が渡来人によりもたらされた地域で、鉄を生み出す技術とそれをもつ種族が豪族として大きな力を蓄え、勢力を拡大し、倭政権(大和政権)に対峙する力を持っていました。


※岡山県総社市にもう一つの宍粟(その2)につづく

http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=13131…1309239442

 

「E-宍粟」支援隊そーたんs


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