宍粟の地名(由来)の「地名の由来「下石井・水根」(佐用町)」
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地名の由来「下石井・水根」(佐用町)
【閲覧数】1,520 【マップカテゴリ】佐用町(現佐用町)
2010年12月03日 11:47
地名の由来(宍粟ゆかりの地及び周辺の地)
佐用町(現佐用町)

■下石井(しもいしい)
 美作国吉野郡に属し、佐用郡友延村の北、吉野郡中山村の東、佐用川上流域の谷間に位置し、両側の山地は標高400m前後である。峠・中土居・大船・中の原の区域を下石井という。明神ヶ獄と称する景勝地がある。球石を産する。
 地名の由来は、播磨国風土記に記載の伊師は、旧石井村をさし、川の底(しり)が床(いし)のようであるから伊師というと説明している。川底に見られる岩盤や、川端の風景に特徴がみられる。

 氏神は下石井八幡神社。同社境内のケヤキの大木は県指定天然記念物。寺院は真言宗大船(たいせん)寺で、境内に室町初期の花崗岩製の宝篋印塔がある。小野に美作津山藩主森氏の祈願寺であった慈恩寺という寺があったといい、現在でも最大のカヤノキの下に大日堂が建つ。ほかに護国寺・安宗寺という寺もあったといわれる。平成7年の発掘調査で、三山遺跡から中世の堀立柱建物跡、古瀬戸の瓶子(へいし:壷の一種)、石硯など13~15世紀の遺物が発見されている。明治9年岡山県に所属、明治22年石井村の大字となり、昭和30年佐用町の大字となる。

■水根(みずね)
 美作国吉野郡に属し、同郡青木村の東、海内村の西、佐用川上流の支流水根川現流域の山中に位置、壇ノ平山麓。周囲の山は400mを超え、最高点は621m。
 地名の由来は、根は山や台地の麓(ふもと)をさし、水量の多い山麓の村から。
荒神社があった。庄屋は海内村庄屋が兼帯していた。

 石井村役場を地内羽蔵に設置。明治30年頃から畜産・養蚕・製炭に従事する者が多くなり、またコンニャク玉を栽培していた。昭和40年頃から転出者が多い。

◇今回の発見
石井は風土記に記載の伊師からという。たたみ岩という平たいテープル状の岩がある。

「E-宍粟」支援隊そーたんs

▼下石井・水根のマップ▼小字図

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