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峯相山鶏足寺跡(姫路市石倉)
2017年04月02日 00:08

 

みねあいさん けいそくじ 

峯相山 鶏足寺跡  姫路市石倉

 

~秀吉軍に焼き払われたという鶏足寺~ 

 

 

  今回は山城ではなく廃寺跡の紹介です。

 

  姫路市石倉に峯相山鶏足寺跡という大寺院の跡があることを知り、前々から興味を持っていた。うっそうとした廃寺跡で、詳しい人の案内がないと行くのが難しいと勝手に思い込んでいたが、先日目にした「はりま歴史の山ハイキング」という本に峯相山への登山コース上に鶏足寺跡が出ており、場所がほぼ特定できたので早速行くことにした。

 

 

 

 ▲峯相山鶏足寺跡全景

 

 

▲鶏足寺跡上部

 

  

 ▲峯相山鶏足寺の想像復元図(木内内則作)   ▲峯相山鶏足寺の概念図(木内内則作)  

 

 

 

『峯相記』

 書かれた時期は貞和4年(1348)南北朝期の頃、播磨国の峯相山鶏足寺(姫路市石倉)に参詣した著者が、鶏足寺の老僧から聞いた話をまとめた形式による。鶏足寺を中心に播磨の寺社の由緒・縁起、世情が記されており、当時を窺い知る貴重な手掛かりとなっている。

 

 鶏足寺は神護景雲年間(859~870)には、多くの伽藍(金堂・講堂・法華堂・五重塔・三重塔・宝蔵・僧坊(300余)等々、太市に別院(観音寺・根本寺)をもつ往時の隆盛ぶりが記されている。

 しかし、時代が流れ峯相記が書かれた貞和4年頃には衰退し、塔2塔、神社1棟、僧坊6,7棟が残るのみとする。天正6年(1578)8月10日に秀吉軍に鶏足寺は焼き払われた。

 

▲峯相記 斑鳩寺蔵

 

 

アクセス

 

 

 ▲峯相山鶏足寺跡マップ

 

 

 

 国道29号線の石倉の信号を北方向に曲がり石倉橋を渡ると、南に突き出した尾根先に赤い鳥居の稲荷大明神が目に入る。ここより北上すると、すぐに峯相山登山記帳所がある。

 

  

▲稲荷大明神                 ▲峯相山登山記帳所

 

 

 すぐに峯相山大池、その先に山口(大黒岩コース)の案内板を左に見る。

あとは道の終点まで進むと開山堂だ。

 

 

▲左は登山道へ(大黒岩コースとある)     ▲峯相上池(うわいけ)

 

 

▲この先もう少し               ▲開山堂 

 

 

▲開山堂の近くの五輪塔群  無縁佛とあるが、焼き討ちの時の犠牲者のものか?

 

 

開山堂で駐車し、ここから坂道を登って行くと、お堂の右上にフェンスがある。

 

   

▲次のお堂に延びる道             ▲お堂の上のフェンス

 

フェンスを開けて進む。新しい道が敷かれ、廃寺跡まで10分程度で行ける。

足元には岩がごろごろ散乱して、杉林の最上部の林に長い削平地がある。

 

 

 

▲上部が開けている              ▲右手に広い削平地

 

 

 上部はすっきりと雑木が伐採され、むき出しとなった削平地は段丘状にひろがり、地表に寺院の礎石や崩れ落ちた石垣が散乱しているのを目の当たりにする。遺跡の広さは約4haあるという。

 

 

    

 

  

▲広い削平地が段丘状に延びている       

 

 

▲階段の上に塔(?)の礎石  ▲鶏足寺の礎石跡

 

 

最上部から尾根筋を右に登っていくと、峯相山の頂上(239.7km)に至る。途中に五輪塔がある。

 

 

▲五輪塔                  ▲登山案内(上伊勢2.2km、書写山5.0km)

 

 

▲峯相山頂上               ▲さらに東に尾根筋が続く

 

 

 

雑 感

 

 山城巡りには山麓や山腹によく廃寺跡や古墳等を目にすることがある。中世や戦国期には寺跡跡を城に転用することも珍しくはない。西播磨では光明山城(相生市)や広峰神社の北にある弥高山城(姫路市)等がそれである。城跡と寺跡は一見見分けがつかない。

 

 

 

 

 

 書写山の西の山岳にあった峯相山鶏足寺は三木城の別所方についたため、秀吉によって全山焼き討ちにあったという。この鶏足寺の仏教勢力(僧侶や信徒等の宗徒)は秀吉にとって無視できないものだったのだろう。

 

 峯相記には峯相山鶏足寺が東方にある書写山円教寺よりも歴史は古く、空也や書写円教寺の開山・性空も来山したとある。峯相記がもし残されていなかったとすれば由緒の知れない寺院跡などは誰も顧みる者もなく、歴史の片隅に追いやられてしまっていたかも知れない。

 

 この遺跡の遺物の一部の採取はあるが、本格的調査はされていない。中世播磨の一大山岳寺院の成立の解明に早期の発掘調査と未来への遺跡保存が望まれる。

 

 

石倉峯相の里の風景

 

 

 ▲みねあい いろり庵

 

 

◆峯相山の東尾根から見た異国の白鳥城

 

 

▲白鳥城(ズーム)   ▲モデルになったノイシュヴァンシュタイン城(独)ネットより

 

 まさか峯相山から白鳥城を見るとは。中世の山岳寺院跡探索で眼下に異国の城が見えたのはなんとも違和感があった。ついでながら、元はどこの城かと調べてみると、すぐにわかった。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城がモデルになっている。二つの写真を見比べると同じ角度でそっくりなのには驚いた。

 

 

参考:『峯相記の考古学~西播磨を中心にして~』

 

・宍粟・播磨の城跡 http://shiso-sns.jp/bbs/bbs_list.php?root_key=10716…2002 


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峯相山鶏足寺跡(姫路市石倉) - 17/04/02 00:08 (タケネット)