宍粟の地名(由来) - トピック返信
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地名の由来「円光寺」(上月町)
2010年11月01日 10:49

地名の由来(宍粟ゆかりの地及び周辺の地)

上月町(現佐用町)

 

■円光寺 (えんこうじ)

千種川支流佐用川流域。上月町・仁位村の河岸段丘と沖積地に立地する。「風土記」邑宝里(おほのさと)、のちの大田郷の中心地と思われる。中世の中頃に赤松円心が円光寺を創建したが、同寺が廃絶してから、地名を源氏の円光寺とした。和田・鍛冶屋・松山・平瀬に集落がある。近年久崎温泉円光坊ができた。

 

元和元年(1615年)の高瀬船数定(間嶋家文書)によりよれば、上月村とともに当村にも高瀬船舟所持が定められている。明治初年まで舟直場があり舟運が行われていた。

赤穂への浜街道筋であり、運送業・商業も営む者も居住した。氏神の八幡神社は大田八幡神社と通称される。10月の例祭には獅子舞が奉納される。

明和元年(1764)・同5年(1768)・同8年(1781)・同9年(1782)・寛政8年(1796)・弘化4年(1847)は洪水、天保の飢饉、寛保2年(1742)には凶作であった。

 

明治22年久崎村の大字となり、昭和15年に久崎町、同33年からは上月町の大字となる。

明治30年前後から農家のかたわら、畜産・養蚕を副業とし、婦女子はわら芯きりの副業に従事。明治28年道路の新設にともない、佐用川に大橋を架して円光寺橋と名付けた。同32年台風で8戸全壊、稲の被害2割という。大正12年電灯架設。

 

 ◇今回の発見
円光寺は寺名が地名になっているのは、中世の赤松円心の創建の寺名から。他にも寺院からの地名には円応寺(佐用町)がある。

 

「E-宍粟」支援隊そーたんs


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地名の由来「円光寺」(上月町) - 10/11/01 10:49 (タケネット)