宍粟の地名(由来) - トピック返信
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地名の由来「三ツ尾・大下り・大畑」(三日月町)
2010年10月06日 15:25
地名の由来(宍粟ゆかりの地及び周辺の地)

三日月町(現佐用町)

■三ツ尾(みつお)
 古くは、光の尾とも書いた。千種川支流大下り河上流域。地名の尾は尾根をさすものと思われるが不詳。
 元禄郷帳では大下村を古くは三尾村と記しており、元禄年間までに大下村を分村。明治22年大広村の大字となる。

■大下り(おおさがり)
 千種川支流大下り川上流域。地名は大畑の山を下った所の意にちなむと思われる。古くは三尾村とあり、元禄年間までに三尾村から分村して成立。明治22年大広村の大字となる。
昭和30年からは三日月町の大字となる。
 昭和40年の世帯数は14であったが、昭和45年全戸離村し、無人となったが、上大下り地区を尼崎在住の個人が買い取り、66歳以上の老人11人が1人1戸ずつ入居して老人の村「豊生道場」となった。
 
■大畑(おおはた)
 千種川支流大下り川上流域。地名は、壇ノ浦の合戦に破れた平知盛の一族と家臣8名が地内に隠れ住み、土地を開墾したことによるという。知盛(とももり)塚、山神社の八王子の像、岡八王子(おかはちおうじ)の宮札などが残る。高地のため主に麦・煙草・芋・ゴボウなどの畑作が行われた。寺院は常勝院。明治22年大広村の大字となる。昭和30年からは三日月町の大字となる。大畑小学校は昭和46年三日月小学校に統合された。
 当地の高原ぶどうは、昭和49年標高300mの丘陵地に12haを造成。同50年に23戸の農家が植栽した。品種はマスカット・ベリーA、ピオーネなどで、特産物になっている。

◇今回の発見
 大下りの14世帯が離村したのが昭和45年。小学校の統合のこともあったのだろうか。
 大畑のぶどうは、三日月高原ぶどうとして出荷されている。昼夜の温度差のある高原のため糖度が高く甘くておいしいと評判がある。しかし丘陵地での作業は大変に違いない。


「E-宍粟」支援隊そーたんs

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